SFとファンタジーの違い|漫画の設定を読む視点
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科学か魔法か、という一対一の割り当てにはなりません。作中で設定がどう説明されているか、あるいは説明されていないかを見ます。両端に名前を置いた線の上に乗らない作品もあることを前提に、境界の曖昧なものを曖昧なまま扱う見方をまとめました。
名前は二つでも、作品は二列に並ばない
SFとファンタジー。名前は二つありますが、作品が二列に分かれて並んでいるわけではありません。
機械の出てくる話に不思議な力が混じることもあれば、魔法のある世界が細かい理屈で動いていることもあります。 どちらの名前で呼んでも落ち着かない作品は、いくらでもあります。
それは分類に失敗しているのではありません。 名前のほうが、作品より少ないだけです。
見るのは、作中でどう説明されているか
読むときに見るのは、その設定が作中でどう扱われているかです。
なぜそれが起きるのかが語られるのか。語られないまま当たり前として置かれるのか。説明の置かれ方が、読み心地を大きく変えます。
現実にあるかどうかは、ここでは見ません。 現実に無いものは両方に出てきますし、現実にあるものも両方に出てきます。
説明の置かれ方は三通り
| 置かれ方 | 示され方 |
|---|---|
| 作中に説明がある | 述べられる |
| 別の理屈にある | 前提になる |
| 説明がない | 触れない |
一つめは、仕組みが作中で述べられる形です。 どういう原理で動くのか、何が起きているのかが、登場人物の言葉や地の文で示されます。
二つめは、その世界の決まりごととして前提に置かれる形です。 理由は述べられませんが、その世界ではそういうものだ、として一貫しています。
三つめは、そもそも触れない形です。 説明が無いこと自体が、話の運びに使われていることもあります。
三つを並べ替える意味はありません。 述べられていれば良い作品、というわけでもありません。
科学=SF・魔法=ファンタジーという割り当てをしない
知りたいのは、その作品が設定をどう扱っているか、そこだけです。
一貫しているかどうかを、どこで見るか
説明の置かれ方には三通りあると書きましたが、どの形でも「一貫しているか」は別に見ます。 説明があっても崩れることはありますし、説明が無くても最後まで崩れない作品もあります。
| 見る場面 | 一貫の手がかり |
|---|---|
| 二度目の場面 | 同じ扱いか |
| 例外が出たとき | 理由が付くか |
| 終盤で足される | 前と合うか |
| 説明が変わる | 崩れとみる |
同じ設定が二度目に出てきたときが、いちばん見やすいところです。 一度目と同じ条件で、同じように働いているか。できることが増えていたり、制限が消えていたりすれば、そこで崩れています。 説明が無い形の作品でも、この見方は使えます。
例外が出たときに理由が付くかどうかも見ます。 そこだけ決まりの外のことが起きる。理由が示されていれば、一貫の中に収まっています。 示されないまま通り過ぎると、決まりそのものが緩くなります。
終盤で説明が足される作りもあります。 それまで触れなかったことに、あとから理屈が付く。前に描かれた場面と合っているなら、説明が無い形から説明がある形へ移っただけです。 合っていなければ、足したことで崩れます。
同じ設定の説明が途中で変わるのは、崩れとして見ます。 ただし、登場人物の理解が変わっただけのこともあります。 語っている人が間違っていたのか、世界の決まりが変わったのか。そこは読み進めれば分かります。
崩れていることを、欠点として数えなくて構いません。 一貫より別のものを取った作りということもあります。ただ、一貫を期待して読んでいたなら、そこが合わなかった理由になります。 どちらを期待していたかのほうが、読み心地を決めます。
線に乗らない作品がある
ここがこの記事の芯です。
両端に名前を置いた線を引いてみると、多くの作品はその線のどこかに置けます。
けれど、線から離れたところにしか置けない作品もあります。 機械も魔法も出てくる、どちらの説明も併せ持っている、あるいはどちらの説明もしていない。
離れた位置は、間違った位置ではありません。 線に乗らないことは、線の引き方の問題であって、作品の問題ではありません。
無理に線へ寄せないでおきます。 寄せた時点で、その作品の面白いところが一つ落ちます。
混ざっている作品は珍しくない
技術、まだ分かっていない現象、人の力を超えたもの、古くから語られてきた話、魔法、これから来る社会、別の世界。これらは一つの作品に同時に入ります。
要素の数と、話のまとまりは別々のことです。 一つの話としてまとまっていれば、それでよいのです。
どれか一つを主として選ぶ必要もありません。 読むときには、全部が同時に置かれていると思って読めば足ります。
正しさでは決まらない
作中の説明が現実の理屈と合っているかどうかは、呼び名を決める基準にしません。
合っていても不思議な話はありますし、合っていなくても理屈立った話はあります。確かめようがない事柄も多くあります。
作中の説明が現実と合っているかどうかを、この記事は判定しません。 判定しはじめると、読むことから遠ざかります。
気になるなら、そこは調べる楽しみとして取っておけます。 名前を選ぶための材料にしなくてかまいません。
細かさは、出来の順ではない
設定が細かく作られていることと、作品が良いことは別です。
細かさが効いている作品もあれば、ほとんど説明せずに成立している作品もあります。 どちらも作り方の選択です。
細かいほうを先に置く並べ方は避けます。 並べた時点で、説明を省く作り方が下がってしまいます。
省いてあることにも、たいてい理由があります。
呼び名が二つ付くこともある
一つの作品に両方の名前が付いていることがあります。
出している側が両方書いていることも、置かれる場所によって違う名前が付くこともあります。片方を誤りとして退ける必要はありません。
二つ付いているなら、二つとも受け取っておきます。 そのほうが、作品の姿に近いはずです。
扱う範囲の切り分け
同じ列にある記事と、扱う範囲を先に分けます。
名前の切り方そのものを見渡す記事が、この記事の上に立っています。 あちらが見るのは名前の並び方で、ここで見るのは設定の説明のされ方です。
別の世界を舞台にした作品を選ぶ記事とも分かれます。 そちらは舞台での過ごし方が中心でした。
短編のSFや短編のファンタジーを探す記事も、それぞれ別に立っています。
読むときに見ておくところ
| 見るところ | 確認すること |
|---|---|
| 説明 | 作中にあるか |
| 一貫 | 崩れていないか |
| 混ざり | 両方入っているか |
| 位置 | 線に乗らないか |
| 順位 | 細かさで並べてないか |
説明の置かれ方を一つ見てみる
いま読んでいる作品で、不思議なことが起きた場面を一つ選びます。
そこに説明が付いていたか、当たり前として流れていったか、まったく触れられなかったか。そのどれかが分かれば、この記事の見方は使えています。
呼び名にたどり着かなくてもかまいません。置かれ方が分かれば、次に似た作品を選ぶときの手がかりになります。