ルポ漫画とは|取材によって伝える漫画の特徴
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取材して描く漫画は、記録をそのまま並べたものではありません。取材・記録・選択と整理・再構成・漫画表現という五つの工程を分けて見ると、どこまでが取材で分かったことかを混ぜずに読めます。再構成は虚偽ではなく、伝えるための手つきです。
取材して描く漫画は、記録を並べたものではない
現場へ行き、人に会い、見聞きしたことを漫画にする。そういう作品があります。
読んでいると、見たままが並んでいるように感じられます。 けれど、そのあいだにはいくつもの工程が入っています。
工程は五つある
この記事の要はここです。
| 工程 | 何をするか |
|---|---|
| 取材 | 現場で見聞きする |
| 記録 | 残す形にする |
| 選択・整理 | 使う分を決める |
| 再構成 | 伝わる形に組む |
| 漫画表現 | 絵とコマにする |
五つとも、たいていの作品に入っています。 どれかを省いた漫画は、ほとんどありません。
読むときは、いま見ているのがどの工程の結果かを考えます。 それだけで、受け取り方が変わります。
取材で入ってくるのは三つ
| 入ってくるもの | 確かめ方 |
|---|---|
| 見たこと | 立った位置による |
| 聞いたこと | 話した人による |
| 資料 | 出どころによる |
三つは、同じようには確かめられません。 出どころが違うからです。
それでも、漫画になると同じ絵の中に並びます。 だから読む側は、混ざったものを見ています。
見たことと、聞いたことは別
その場で見たことは、立っていた位置から見えた分だけです。
聞いたことは、話した人から見えていた分だけです。 どちらも本当に起きたことでしょうが、同じものを指しているとは限りません。
どちらが正しいかを、読む側から決めることはできません。 二つが並んでいる、と読むだけで足ります。
記録は、その場の全部ではない
見聞きしたことのうち、残る形にできたものが記録です。
書き留めきれなかったことも、あとから思い出せなかったこともあります。それは怠りではなく、記録という工程の性質です。
記録に無いことは、無かったことにはなりません。 記録に無い、というだけです。
選ぶことと、整えること
記録の全部が漫画に入ることはありません。 使う分を決める工程が必ず入ります。
並べる順も決めます。 起きた順のままとは限りませんし、離れた場面を近くに置くこともあります。
ここで決めたことは、読む側からは見えません。 見えないものを言い当てようとせず、そういう工程があると知っておけば足ります。
再構成で足されるもの
記録に書かれていないことも、絵にするときには決めることになります。 そこにいた人の位置、光の向き、間の取り方。
決めなければ、絵になりません。 これは作り話とは別のことです。
ただし、決めたことと取材で分かったことを、同じ欄に置かないでおきます。 混ぜると、どちらだったか分からなくなります。
どの工程の結果か、絵から見当を付ける
いま見ているのがどの工程の結果かを考える、と書きました。では、何を見れば見当が付くのかを置いておきます。 絵の様子に、工程の跡がいくらか残ります。
| 絵の様子 | 見当が付く工程 |
|---|---|
| 細部が細かい | 取材と記録 |
| 台詞が短い | 再構成 |
| 場面が飛ぶ | 選択と整理 |
| 光や位置が決まる | 漫画表現 |
細かいところまで描き込まれている場面は、取材と記録の跡が濃いところです。 置かれているものの形、貼られた紙の文字、人の姿勢。書き留めていなければ描けない細かさです。 ただし、細かいから正しいとは言えません。 後から補って描くこともできます。
台詞が短く整っている場面には、再構成が入っています。 話し言葉はふつう長く、言い直しも入ります。読みやすい長さにまとまっているのは、組み直した結果です。 組み直しの跡があることは、話されなかったことにはなりません。
場面が飛んでいるところには、選択と整理の跡があります。 前の場面と次の場面の間が空いている、時間が前後している。使う分を決めた結果として、飛びが出ます。 飛んだ先に何があったかは分かりません。
光の向きや人の立ち位置が決まっている場面は、漫画表現の工程で決めた分です。 記録には残りにくいものだからです。決めなければ絵になりません。 ここを取材で分かったことと同じ欄に置かないでおきます。
見当はあくまで見当です。 細かい場面が後から補われたものかもしれませんし、短い台詞がそのまま話された言葉かもしれません。 どれも言い当てられません。
それでも、混ぜずに読むには十分です。 この場面は取材寄り、この台詞は組み直し寄り。それだけ分かっていれば、描かれたものを全部そのまま事実として受け取ることはなくなります。
「本人が見た」と「客観的な事実」は別
見た人がいることは、強い手がかりです。 それでも、見たことがそのまま客観的な記録になるわけではありません。
同じ場に二人いれば、入ってくるものは違います。 どちらかが間違っているのではなく、位置が違います。
読む側は、その位置まで含めて読みます。 「誰から見た話か」が分かるだけで、受け取り方が定まります。
エッセイ漫画との境目
架空の例で工程を追う
工程の当て方を見るために、仮の場面を4つ用意します。 実在の取材や作品を指すものではありません。
四つとも、分からないところを埋めていません。 当てているのは工程の名前だけです。
読みながら見る五つ
読み進めるあいだ、次の五つを見ます。
| 見るところ | 確認すること |
|---|---|
| 工程 | どの結果か考えたか |
| 入口 | 見たか聞いたか資料か |
| 位置 | 誰から見た話か |
| 決めた分 | 取材と混ぜてないか |
| 空欄 | 空けて残すか |
全部そろわなくても構いません。 工程を混ぜないでおければ、それで読めます。
工程を思い出すところから
取材して描かれた漫画を読むときは、身構えなくて構いません。確かめるのは真偽ではなく、いま見ているのがどの工程の結果かです。
見聞きしたことなのか、選んだ結果なのか、絵にするときに決めたことなのか。それが分かれば、そのまま読めます。
そして、工程があること自体は、疑う理由になりません。 伝えるために必要な手つきです。